相見ては恋慰むと人は言へど
見て後にぞも恋まさりける
- 歌の意味
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逢えば恋しさは慰められると人は言うけれど、逢った後にこそ、いっそう恋しさがまさるのだった。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2567
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
逢えば恋の苦しさは慰められると世間の人は言うが、実際には逢った後のほうがかえって恋しさが増すのだと、恋の思いの尽きなさを述べた歌である。人の言うことと自分の身で知ったこととを対比させ、逢うことで満たされるどころか、いっそう募る恋心への驚きを素直に言い表している。
物に寄せず心の思いを直接述べる「正に心緒を述ぶ」の一首である。本巻の第二千五百三十九首、第二千五百五十四首、第二千五百八十三首も同じく「相見ては」と歌い起こしており、逢った後の心のありようは万葉集巻第十一の恋の歌に繰り返し現れる主題である。とくに後の第二千五百七十九首は、逢って心が静まったと詠み、本歌と反対の心境を示している。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「相見ては」は、互いに顔を合わせたならば、の意である。男女が逢うことをいい、係助詞「は」が条件を取り立てている。
二句「恋慰むと」は、恋の苦しさが慰められると、の意である。格助詞「と」で、世間の人の言う内容を引いている。
三句「人は言へど」は、人は言うけれど、の意である。六音の字余りで、逆接の助詞「ど」によって世間の通説を受け止めつつ、それに反する自分の体験へと転じている。
四句「見て後にぞも」は、逢った後にこそ、の意である。係助詞「ぞ」に助詞「も」が付いて強めており、通説とは逆の事実を際立たせている。
結句「恋まさりける」は、恋しさがまさるのだった、の意である。助動詞「けり」は今はじめて気づいた詠嘆を表し、四句の「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。
あひみる:互いに顔を合わせる、男女が逢う
なぐさむ:心が晴れる、気持ちが静まる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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色に出でて恋ひば人見て知りぬべし 心のうちの隠り妻はも
- 次の歌
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おほろかに我れし思はばかくばかり 難き御門を罷り出めやも