偽りも似つきてぞするいつよりか
見ぬ人恋ふに人の死せし
- 歌の意味
-
嘘をつくのも、もっともらしくつくものだ。いったいいつから、逢ったこともない人を恋して人が死んだりしたのか。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2572
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
まだ逢ったこともない私に恋い焦がれて死にそうだと言ってよこした男に対し、嘘をつくならもっともらしくつくものだと切り返した女性の歌である。男の大げさな言葉をからかいながら、軽々しく受け入れはしないという気丈な心を示している。
心の思いを直接述べる「正に心緒を述ぶ」の一首であり、相手の言葉を受けて反論する形をとっている。恋に死ぬという誇張は万葉集の恋の歌に多く見られる表現であり、本歌はそれを逆手にとった機知のある一首である。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「偽りも」は、嘘をつくのも、の意である。係助詞「も」で、嘘であっても、という含みを持たせている。
二句「似つきてぞする」は、それらしくするものだ、の意である。係助詞「ぞ」を受けて連体形「する」で結ぶ係り結びで、ここで句切れとなる二句切れである。
三句「いつよりか」は、いつから、の意である。係助詞「か」は疑問を表し、実際には反語的に、そんなことは昔からない、という気持ちを込めている。
四句「見ぬ人恋ふに」は、逢ったこともない人を恋することで、の意である。男の言い分をそのまま取り上げている。
結句「人の死せし」は、人が死んだのか、の意である。三句の「か」を受けて過去の助動詞「き」の連体形「し」で結ぶ係り結びとなっている。
につく:似つかわしい、もっともらしく見える
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
大夫は友の騒きに慰もる 心もあらむ我れぞ苦しき
- 次の歌
-
心さへ奉れる君に何をかも 言はず言ひしと我がぬすまはむ