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百代しも千代しも生きてあらめやも
我が思ふ妹を置きて嘆かむ

歌の意味
百年も千年も生きていられるだろうか、そうではない。それなのに、私の思う妻をそのままにして、嘆いてばかりいようか。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2600

詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
 人は百年も千年も生きられるわけではないのだから、恋しい妻に逢わないまま嘆いてばかりいてよいものかと、命の短さを思って逢うことを促した男の歌である。限りある命を意識することで、恋人のもとへ向かおうとする心を奮い立たせている。
 本巻の第二千五百九十二首も、恋い死にした後では何にもならない、生きている間にこそ逢いたいと詠んでおり、限りある命を理由に恋人に逢うことを求める点で、本歌と同じ主題を扱っている。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「百代しも」は、百年も、の意である。「しも」は強意の副助詞で、長い年月を強調している。
 二句「千代しも生きて」は、千年も生きて、の意である。初句と同じ「しも」を重ね、百年、千年と年数を大きくしていく言い方である。
 三句「あらめやも」は、生きていられようか、いや生きられない、の意である。「めやも」は推量の助動詞「む」の已然形に「や」「も」が付いた反語の言い方で、ここで意味が切れる三句切れの歌である。
 四句「我が思ふ妹を」は、私が思う妻を、の意である。恋い慕う相手をはっきりと示している。
 結句「置きて嘆かむ」は、放っておいて嘆いていようか、の意である。「置きて」はそのままにしておくことで、「む」は三句の反語の流れを受けて、嘆いてばかりいてよいものか、と解される。

ももよ:百年、非常に長い年月
ちよ:千年、非常に長い年月
いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
出典
万葉集
前の歌
験なき恋をもするか夕されば 人の手まきて寝らむ子ゆゑに
次の歌
うつつにも夢にも我れは思はずき 古りたる君にここに逢はむとは