敷栲の衣手離れて我を待つと
あるらむ子らは面影に見ゆ
- 歌の意味
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共寝した衣の袖から離れて、私を待っているであろうあの子が、面影に見える。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2607
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
共寝した袖から離れて、今ごろ自分を待っているであろう恋人の姿が、面影となって目の前に浮かぶと詠んだ恋の歌である。遠く離れた男が、相手もまた自分を待っているはずだと思いやり、その思いが面影となって現れるところに、離れて暮らす者の切ない恋情が表れている。
詞書の「正に心緒を述ぶ」は、物にことよせず心の思いをそのまま述べる歌の部立である。次歌の第二千六百八首も「妹が袖別れし日より」と、共寝の袖との別れから恋しさを詠んでおり、袖を介して離れた恋人を思う歌が続いている。また本巻の第二千六百十五首とは初句「敷栲の」を共有している。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「敷栲の」は、衣、袖、枕、床などにかかる枕詞で、ここでは二句の「衣手」にかかる。寝床に敷く栲の布の意から、共寝の床を思わせる働きもしている。
二句「衣手離れて」は、袖から離れての意である。「衣手」は袖のことで、共に寝た自分の袖から恋人が離れたことをいう。
三句「我を待つと」は、私を待っているとて、の意である。「と」は引用の格助詞で、相手の心のうちを推し量っている。
四句「あるらむ子らは」は、待っているであろうあの子は、の意である。「らむ」は目の前にない現在の事柄を推量する助動詞で、遠く離れた相手の今の様子を思いやっている。「子ら」の「ら」は親しみを表す接尾語である。
結句「面影に見ゆ」は、面影となって見える、の意である。目の前にいない恋人の姿がありありと浮かぶことをいい、終止形で言い切って一首を結んでいる。
しきたへ:寝床に敷く栲の布。「しきたへの」の形で衣、袖、枕などにかかる枕詞となる
ころもで:袖
かる:離れる、遠ざかる
おもかげ:目の前にいない人の姿が、まぼろしのように思い浮かぶもの
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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人目多み常かくのみしさもらはば いづれの時か我が恋ひずあらむ
- 次の歌
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妹が袖別れし日より白栲の 衣片敷き恋ひつつぞ寝る