夕占にも占にも告れる今夜だに
来まさぬ君をいつとか待たむ
- 歌の意味
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夕占にも占いにも来ると告げられた今夜でさえいらっしゃらないあなたを、いつ来ると思って待てばよいのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2613
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
夕占にも占いにも恋人が来ると出た今夜でさえ来てくれないのだから、いったいいつ来ると思って待てばよいのかと嘆いた恋の歌である。「来まさぬ君」と敬って呼ぶことから、男の訪れを待つ女性の立場の歌とみられる。占いに頼るほどの切実な思いと、それが裏切られた落胆とが表れている。
本巻の第二千六百十一首の紐が解けること、次歌の第二千六百十四首の眉根を掻くことと同じく、恋の兆しや占いを詠む歌である。前の二首が兆しの空しさや恋の絶え間なさを詠んだのに続き、本歌は占いまで外れた嘆きを詠んでいる。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「夕占にも」は、夕占にも、の意である。夕占は夕方に辻に立ち、行き交う人の言葉を聞いて吉凶を占うことで、恋の行方を知るためにも行われた。
二句「占にも告れる」は、占いにも告げられた、の意である。「告れ」は告げる意の動詞「告る」、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。夕占と別の占いと、二つの占いがそろって恋人の訪れを告げたことをいう。
三句「今夜だに」は、今夜でさえ、の意である。「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞で、占いの告げた今夜でさえ、ほかの夜はなおさら、という思いを含んでいる。
四句「来まさぬ君を」は、いらっしゃらないあなたを、の意である。「来まさ」は「来」に尊敬の補助動詞「ます」が付いた形で、「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形である。
結句「いつとか待たむ」は、いつ来ると思って待とうか、の意である。係助詞「か」を受けて推量の助動詞「む」の連体形で結ぶ係り結びとなっており、待つ先の見えない嘆きを問いの形で表している。
ゆふけ:夕方、辻に立って行き交う人の言葉を聞き、その内容で吉凶を占うこと
うら:占い
のる:告げる、口に出して言う
きます:「来」の尊敬語で、いらっしゃる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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白栲の袖触れてし夜我が背子に 我が恋ふらくはやむ時もなし
- 次の歌
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眉根掻き下いふかしみ思へるに いにしへ人を相見つるかも