まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な
見む時さへや恋の繁けむ
- 歌の意味
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まそ鏡を手に取り持って毎朝見るように、あなたをいつも見るようになった時でさえ、恋しさはしきりにつのるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2633
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
鏡を手に取って毎朝見るように、いつもあなたを見られるようになった時でさえ、恋しさはつのるのだろうかと、深まる恋心を思いやった歌である。逢えない今の苦しさだけでなく、共に暮らすようになってもなお恋しいだろうという、尽きることのない思いを詠んでいる。
前歌に続き、「まそ鏡」で始まる鏡に寄せた一首である。前歌が直接逢えないかぎり恋はやまないと嘆くのに対し、本歌は毎朝見られるようになった後にまで思いを及ぼしており、逢えない時と逢える時とを対にした趣がある。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「まそ鏡」よく澄んだ鏡の意である。初句と二句とが序詞となり、毎朝鏡を見るさまから次の「見む」を導いている。
二句「手に取り持ちて」手に取って持って、の意である。鏡を手にするしぐさを具体的に描き、序を結んでいる。
三句「朝な朝な」毎朝毎朝、の意である。鏡を見る日々の習慣と、恋人を見る日々とを重ねている。
四句「見む時さへや」見るようになる時でさえ、の意である。副助詞「さへ」は添加を表し、係助詞「や」が疑問を表している。
結句「恋の繁けむ」恋しさはしきりにつのるのだろうか、の意である。「繁けむ」は形容詞「繁し」の古い未然形「繁け」に推量の助動詞「む」が付いた形で、係助詞「や」を受けて連体形で結ぶ係り結びとなっている。
まそかがみ:よく澄んだ立派な鏡。「見る」などにかかる枕詞となる
とりもつ:手に取って持つ
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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まそ鏡直にし妹を相見ずは 我が恋やまじ年は経ぬとも
- 次の歌
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里遠み恋わびにけりまそ鏡 面影去らず夢に見えこそ