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時守の打ち鳴す鼓数みみれば
時にはなりぬ逢はなくもあやし

歌の意味
時守が打ち鳴らす鼓の数を数えてみると、約束の時刻になった。それなのに逢えないのは不思議なことだ。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2641

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 時守が打ち鳴らす時刻の鼓を数えてみると、約束の時刻になったのに、まだ恋人に逢えないのはおかしいと、来ない相手を待ちわびる女の歌である。時を告げる鼓の音を一つ一つ数えるしぐさに、約束の時を待つ緊張と、時が過ぎていく不安とがよく表れている。
 時を告げる鼓に寄せた一首である。『日本書紀』には天智天皇十年(671)に漏刻を新しい台に置き、鐘や鼓を打って時を知らせたことが記されており、本歌はそうした都の時刻制度を背景とした、当時としては新しい題材の恋の歌である。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「時守の」時守の、の意である。「時守」は漏刻、すなわち水時計を管理して時刻を知らせる役人をいう。
 二句「打ち鳴す鼓」打ち鳴らす鼓、の意である。時刻を知らせるために打たれた太鼓の音をいう。
 三句「数みみれば」数を数えてみると、の意である。「数む」は数える意で、已然形に「ば」が付いた確定条件となっている。
 四句「時にはなりぬ」その時刻にはなった、の意である。約束の刻限が来たことをいい、完了の助動詞「ぬ」で言い切ってここで句切れとなる。
 結句「逢はなくもあやし」逢えないのも不思議だ、の意である。「なく」は打消の助動詞「ず」のク語法で、時刻になっても相手が来ないことを、いぶかしく思う気持ちを表している。字余りの句である。

ときもり:漏刻を管理し、時刻を知らせる役人
よむ:数を数える
出典
万葉集
前の歌
梓弓引きみ緩へみ来ずは来ず 来ば来そをなぞ来ずは来ばそを
次の歌
燈火の影にかがよふうつせみの 妹が笑まひし面影に見ゆ