- 歌の意味
-
道を行き疲れて稲むしろを敷く、その「しき」ではないが、しきりにあなたに逢う手立てがあればよいのに。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2643
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
道を行き疲れた旅人が稲むしろを敷いて休むという序から、しきりにあなたに逢う手立てがあればよいのにと願った女の歌である。旅の途中で休む素朴な光景を序に用い、たびたび恋人に逢いたいという切実な思いを言い表している。
稲むしろに寄せた一首である。上三句は序詞で、稲むしろを「敷く」ことから、しきりに、たびたびの意の「頻く」を導いており、同音の語を掛けた技巧が中心となっている。旅の道中にかかわる素朴な物に寄せており、次歌の板田の橋とともに、道や通い路にかかわる物の歌が続いている。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「玉桙の」「道」にかかる枕詞である。「玉桙」は美しい桙の意とされるが、なぜ「道」にかかるかははっきりしない。
二句「道行き疲れ」道を行き疲れて、の意である。旅路の途中で疲れ果てた姿を描いている。
三句「稲席」稲むしろ、の意である。稲わらで編んだむしろをいい、疲れた旅人が敷いて休むものである。初句からここまでが序詞となっている。
四句「しきても君を」しきりにあなたを、の意である。「しき」は稲むしろを「敷き」の意と、しきりに重ねる意の「頻き」とを掛けた掛詞で、序と本旨とをつないでいる。
結句「見むよしもがも」逢う手立てがあればよいのに、の意である。「よし」は手段、方法をいい、「もがも」は願望を表す終助詞で、かなわぬ逢瀬を願う思いで歌を結んでいる。
たまほこ:美しい桙の意とされる。「たまほこの」は「道」「里」にかかる枕詞
いなむしろ:稲わらで編んだむしろ
しく:稲むしろを「敷く」意と、しきりに重なる意の「頻く」を掛ける
よし:手段、方法
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
燈火の影にかがよふうつせみの 妹が笑まひし面影に見ゆ
- 次の歌
-
小治田の板田の橋の壊れなば 桁より行かむな恋ひそ我妹