- 歌の意味
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軽の社の神木として祀られる槻のように、いつの世までこのままでいるのだろう、人目を忍ぶ隠り妻のままで。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2656
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
軽の社に神木として祀られ、人が手を触れることのできない槻の木のように、いつまで人目を忍ぶ隠り妻のままでいるのだろうかと嘆いた歌である。斎ひ槻に寄せて、公にできない恋の長さと、近づきがたい相手への思いを表している。
上三句は、長い年月を経た神木の槻から「幾代」を導く序詞である。神に祀られて触れることを許されない槻は、人目をはばかって逢えない隠り妻の姿とも重なっている。本歌から神や社に寄せた歌が続き、本巻の第二千六百六十三首まで、神に祈り、神をおそれる恋の歌の一群をなしている。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「天飛ぶや」は、空を飛ぶ雁の「かり」の音から「軽」にかかる枕詞である。
二句「軽の社の」は、軽(今の奈良県橿原市大軽町のあたり)にあった社の、の意である。
三句「斎ひ槻」は、神木として祀られている槻の木をいう。ここまでの三句が序詞となり、古木の長い年月から「幾代」を導いている。
四句「幾代まであらむ」は、いつの世までこのままでいるのだろうかの意である。推量の助動詞「む」が、先の見えない恋への嘆きを表している。
結句「隠り妻ぞも」は、人目を忍ぶ隠り妻であることよの意である。「ぞも」は詠嘆を込めた疑問を表し、体言「隠り妻」を受けて歌を結んでいる。
いはひつき:神木として祀り清められている槻の木
こもりづま:人目を避けて隠している妻、公にできない恋人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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紅の裾引く道を中に置きて 我れは通はむ君か来まさむ
- 次の歌
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神なびにひもろき立てて斎へども 人の心はまもりあへぬもの