古典和歌stream

夕月夜暁闇の朝影に
我が身はなりぬ汝を思ひかねに

歌の意味
夕月夜のころの暁の闇にほのかに映る朝影のように、私の身はやせ細ってしまった。あなたを思う心に堪えかねて。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2664

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 夕月夜のころの暁闇にほのかに映る朝影のように、あなたを思う苦しさに堪えかねて身がやせ細ってしまったと嘆く恋の歌である。夕方に月が出る頃は月が早く沈み、明け方は暗くなる。その暗がりに映る淡く細い影に、恋にやつれた自分の姿を重ねている。
 前歌までの神に寄せる歌に続いて、本歌から月に寄せる歌がしばらく並ぶ。四句「我が身はなりぬ」の前に置かれた「朝影に」は、本巻の第二千三百九十四首、第二千六百十九首にも「朝影に我が身はなりぬ」と見え、恋にやつれた身を言い表す決まった言い方であったことがうかがえる。本歌はそれに「夕月夜暁闇の」を冠して、月に寄せる歌としている。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「夕月夜」は、夕方に月が出ている夜をいう。夕月夜のころは月が夜半に沈むため、明け方が暗くなることから、次の「暁闇」を導いている。
 二句「暁闇の」は、夜明け前の暗さをいう。初句とともに「朝影」を導く序詞となっており、暗がりの中のおぼろな光を思わせる。
 三句「朝影に」は、朝の淡い光に映る細く頼りない影をいう。格助詞「に」は「なる」の結果を表し、影のようにやせ細った身の姿を示している。
 四句「我が身はなりぬ」は、私の身はなってしまった、の意である。完了の助動詞「ぬ」で言い切る四句切れであり、恋にやつれた現在の姿を強く打ち出している。
 結句「汝を思ひかねに」は、あなたを思う心に堪えきれずに、の意である。四句の理由を後から添える倒置となっており、「汝」と相手を直接呼ぶ親しさがにじむ。

ゆふづくよ:夕方に出ている月、また月の出ている夕方
あかときやみ:夜明け前の暗いころ
あさかげ:朝の淡い光に映る細く頼りない影
おもひかぬ:思いに堪えきれない
出典
万葉集
前の歌
ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし 今は我が名の惜しけくもなし
次の歌
月しあれば明くらむ別も知らずして 寝て我が来しを人見けむかも