かくばかり恋ひつつあらずは朝に日に
妹が踏むらむ地にあらましを
- 歌の意味
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これほどまでに恋い続けているくらいなら、朝ごと日ごとにあの子が踏んでいるであろう土になっていればよかったのに。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2693
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
これほど恋い苦しむくらいなら、いっそ恋しい人が毎日踏んでいる土になってしまいたいと願う男の歌である。人ではない物になってでも相手の近くにいたいという、思い詰めた恋心が詠まれている。
前歌では女が、男の足跡から仲が知られることを恐れていたが、本歌は「踏む」の語を受けて、踏まれる土になりたいと詠んでいる。「物に寄せて思ひを陳ぶ」の部立の中で、土に寄せた歌として置かれている。「〜ずは〜ましを」の形で、苦しい恋よりも物になる方がよいと願う発想は万葉集にしばしば見られるものである。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「かくばかり」は、これほどまでにの意で、いま味わっている恋の苦しさの大きさを示している。
二句「恋ひつつあらずは」は、恋い続けているくらいならの意である。「ずは」は打消の助動詞「ず」に係助詞「は」が付いた形で、〜しないで、〜するよりはの意を表し、結句の「まし」と呼応する。
三句「朝に日に」は、朝ごと日ごとにの意である。毎日欠かさずという意味で、恋人が日々土を踏む姿を思い描いている。
四句「妹が踏むらむ」は、あの子が踏んでいるであろうの意である。「らむ」は現在推量の助動詞で、目の前にいない恋人の日常を思いやっている。
結句「地にあらましを」は、土であればよかったのにの意である。「まし」は反実仮想の助動詞で、二句の「ずは」と呼応し、「を」で詠嘆を込めて結んでいる。
いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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夕凝りの霜置きにけり朝戸出に いたくし踏みて人に知らゆな
- 次の歌
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あしひきの山鳥の尾の一峰越え 一目見し子に恋ふべきものか