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荒熊のすむといふ山の師歯迫山
責めて問ふとも汝が名は告らじ

歌の意味
荒々しい熊が住むという山の師歯迫山の名のように、責めて問いただされようとも、あなたの名は決して口にしない。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2696

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 人にどれほど問い詰められても、恋人の名は決して明かさないと誓う歌である。名を明かすことは恋の秘密を人に知られることであり、相手を守ろうとする固い決意が詠まれている。
 山に寄せる歌で、上三句は「しはせ」の「せ」の音を重ねて「責めて」を導く序詞である。荒熊の住む恐ろしい山を持ち出すことで、問い詰められる厳しさを印象づけている。結句「汝が名は告らじ」は本巻の第二千七百首と共通しており、恋人の名を守る誓いを詠む点で響き合っている。前後の富士山の歌とともに、山に寄せる歌として並べられている。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「荒熊の」は、荒々しい熊のの意である。猛々しい獣を言い出し、次の山の恐ろしさを示している。
 二句「すむといふ山の」は、住むという山のの意である。「といふ」は伝聞を表し、人の近づきがたい山であることを思わせる。
 三句「師歯迫山」は山の名で、所在は明らかでない。「しはせ」の「せ」の音を重ねて次の「責め」を導き、初句からここまでが序詞となる。
 四句「責めて問ふとも」は、責めて問いただそうともの意である。「とも」は逆接の仮定条件を表す接続助詞である。
 結句「汝が名は告らじ」は、あなたの名は告げまいの意である。「汝」は相手を親しんで呼ぶ語、「告る」は口に出して言うこと、「じ」は打消意志の助動詞で、強い決意を言い切っている。

な:親しい相手を呼ぶ語、あなた
のる:口に出して言う、告げる
出典
万葉集
前の歌
我妹子に逢ふよしをなみ駿河なる 富士の高嶺の燃えつつかあらむ
次の歌
妹が名も我が名も立たば惜しみこそ 富士の高嶺の燃えつつわたれ