もののふの八十宇治川の早き瀬に
立ちえぬ恋も我れはするかも
- 歌の意味
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宇治川の速い瀬に立っていられないように、立っていられないほどの恋を、私はすることだ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2714
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
宇治川の急流の中では足をとられて立っていられないように、立っていることもできないほどの激しい恋をしていると詠んだ歌である。恋の苦しさに身も心も揺さぶられる様子を、急流に立つ人の姿で具体的に表している。
宇治川の早瀬に寄せて思いを述べた歌で、「立ちえぬ」に、急流で立てない意と、恋のために身を起こしていられない意とを重ねている。「もののふの八十宇治川」という言い方は、巻第三の第二百六十四首の柿本人麻呂の歌にも見られる。前歌の明日香川に続いて、本歌では宇治川の早瀬が詠まれている。
なお原文には「一云 立ちても君は忘れかねつも」という異伝が注記されている。これによれば下の句は、立っていてもあなたのことは忘れられない、の意となる。ここでは本文の「立ちえぬ恋も我れはするかも」を採った。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「もののふの」は、朝廷に仕える多くの氏族の意から「八十」にかかる枕詞である。
二句「八十宇治川の」は、宇治川の、の意である。「八十」は多くの氏の意で、同じ音の「宇治」を導いている。宇治川は山城国、現在の京都府宇治市を流れる川である。
三句「早き瀬に」は、流れの速い瀬に、の意である。初句からここまでが序詞で、急流に立っていられない意から四句の「立ちえぬ」を導いている。
四句「立ちえぬ恋も」は、立っていることもできない恋を、の意である。「え」は可能を表し、打消の「ぬ」と合わせて、立つことができない意となる。「も」は強めの助詞である。
結句「我れはするかも」は、私はすることだ、の意である。「かも」は詠嘆の終助詞で、自分でも抑えられない恋の激しさに驚く気持ちを表している。
もののふ:朝廷に仕える官人。「もののふの」の形で「八十」にかかる枕詞となる
せ:川の浅く流れの速いところ
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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明日香川行く瀬を早み早けむと 待つらむ妹をこの日暮らしつ
- 次の歌
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神なびの打廻の崎の岩淵の 隠りてのみや我が恋ひ居らむ