神なびの打廻の崎の岩淵の
隠りてのみや我が恋ひ居らむ
- 歌の意味
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神なびの打廻の崎の岩淵が深く隠れているように、心の中に隠したまま、私は恋い続けているばかりなのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2715
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
神なびの打廻の崎にある岩淵の、奥深く人目につかない様子に寄せて、思いを打ち明けられずに心の中だけで恋い続ける自分を嘆く歌である。いつまでこうして忍んでいなければならないのかというもどかしさが、疑問の形で表されている。
川の淵に寄せて忍ぶ恋を述べた歌である。「隠り」の語は、本巻の第二千七百三首、第二千七百七首の「水隠りに」とも響き合い、川や沼の見えない水に人知れぬ恋を重ねる趣向が、この一連に繰り返されている。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「神なびの」は、神が降りて宿る山や森の、の意である。ここでは明日香の神なびを指すとされる。
二句「打廻の崎の」は、川が曲がりめぐって流れる崎の、の意である。明日香川が神なびの山のふもとをめぐる場所とされる。
三句「岩淵の」は、岩に囲まれた深い淵の、の意である。初句からここまでが序詞で、淵の水が奥深く隠れている様子から四句の「隠り」を導いている。
四句「隠りてのみや」は、隠れたままでばかり、の意である。人に知られないように心に秘めることをいう。係助詞「や」は疑問を表している。
結句「我が恋ひ居らむ」は、私は恋い続けているのだろうか、の意である。推量の助動詞「む」の連体形「む」で結び、四句の「や」を受けて係り結びをなしている。
かむなび:神が降りて宿る山や森
いはぶち:岩に囲まれた深い淵
こもる:隠れて外から見えなくなる
- 出典
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万葉集
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もののふの八十宇治川の早き瀬に 立ちえぬ恋も我れはするかも
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高山ゆ出で来る水の岩に触れ 砕けてぞ思ふ妹に逢はぬ夜は