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隠り沼の下に恋ふれば飽き足らず
人に語りつ忌むべきものを

歌の意味
心の内にひそかに恋い慕っていると満ち足りず、人に話してしまった。慎むべきことであったのに。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2719

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 胸の内でひそかに恋い続けていると思いが満たされず、とうとう人に打ち明けてしまったと悔いる歌である。恋を口にすることを慎むべきだと知りながら、抑えきれなかった心の弱さを率直に述べている。
 人目につかない沼に寄せて、心の奥に秘める恋を表した歌である。前歌が恋い死にしても恋を表に出すまいと誓うのに対し、本歌は秘めきれずに人に語ってしまったことを悔いており、両首は秘める恋をめぐって表裏をなしている。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「隠り沼の」は、草などに覆われて水の流れ出ない沼の、の意で、「下」にかかる枕詞である。外から見えない沼の水底を、人に見せない心の奥にたとえている。
 二句「下に恋ふれば」は、心の内でひそかに恋い慕っていると、の意である。「下」は表に出さない心の内をいう。「恋ふれば」は已然形に「ば」が付いた形で、確定条件を表している。
 三句「飽き足らず」は、満ち足りないで、の意である。秘めているだけでは思いがおさまらない心をいう。
 四句「人に語りつ」は、人に話してしまった、の意である。完了の助動詞「つ」が、取り返しのつかないことをしてしまった思いを表している。ここで句切れとなる。
 結句「忌むべきものを」は、慎むべきことであったのに、の意である。「ものを」は逆接の詠嘆を表し、四句との倒置によって後悔の念を強めている。

こもりぬ:草などに覆われ、水の流れ出ない沼
いむ:けがれや災いを避けて慎む
出典
万葉集
前の歌
高山の岩もとたぎち行く水の 音には立てじ恋ひて死ぬとも
次の歌
水鳥の鴨の棲む池の下樋なみ いぶせき君を今日見つるかも