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風吹かぬ浦に波立ちなき名をも
我れは負へるか逢ふとはなしに

歌の意味
風の吹かない浦に波が立つように、根も葉もない浮き名までも私は負ったことだ。逢ったわけでもないのに。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2726

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 風も吹かないのに浦に波が立つように、逢ってもいないのに根も葉もない浮き名を立てられてしまった、と嘆いた恋の歌である。原因のないところに立つ波を、身に覚えのない噂にたとえた比喩がわかりやすい。
 物に寄せて思ひを陳ぶ歌として、浦に立つ波に寄せて噂の理不尽さを述べている。前歌では恋を表に出さないことを詠んだが、本歌では表に出していない恋が噂となって広まる嘆きを詠んでおり、忍ぶ恋とそれを暴く世間の噂とが並べられている。
 なお原文には結句について「一云 女と思ひて」という異伝が注記されている。ここでは本文の「逢ふとはなしに」を採った。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「風吹かぬ」は、風の吹かない、の意である。「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、次の「浦」を修飾している。
 二句「浦に波立ち」は、浦に波が立って、の意である。初句からここまでが序詞となり、原因のないところに波が立つ様子から、次の「なき名」を導いている。
 三句「なき名をも」は、根拠のない評判までも、の意である。「なき名」は身に覚えのない浮き名をいい、係助詞「も」が添えられている。
 四句「我れは負へるか」は、私は身に負ってしまったことだ、の意である。「る」は存続の助動詞「り」の連体形、「か」は詠嘆の助詞で、ここで句切れとなる。
 結句「逢ふとはなしに」は、逢ったというわけでもないのに、の意である。四句との倒置で、浮き名が実のないものであることを最後に念押ししている。

なきな:根拠のない評判、身に覚えのない浮き名
おふ:身に受ける、背負う
出典
万葉集
前の歌
白真砂御津の埴生の色に出でて 言はなくのみぞ我が恋ふらくは
次の歌
酢蛾島の夏身の浦に寄する波 間も置きて我が思はなくに