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沖つ波辺波の来寄る佐太の浦の
このさだ過ぎて後恋ひむかも

歌の意味
沖の波や岸辺の波が寄せてくる佐太の浦の名のように、この時を逃して、後になって恋しく思うのだろうか。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2732

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 沖の波も岸辺の波も寄せてくる佐太の浦の「さだ」の名にちなみ、この「さだ」、つまり逢うべき好機を逃してしまっては、後になって恋しく思うことになるのだろうか、と詠んだ恋の歌である。今を逃せば悔いが残るという焦りを、地名の音を借りて言い表している。
 物に寄せて思ひを陳ぶ歌として、佐太の浦に寄せる波に寄せた歌である。前歌の「逢はずかもあらむ」という不安を受けるように、本歌では機会を逃した後の恋しさを思いやっており、逢えないことへの憂いが時の推移の中で捉えられている。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「沖つ波」は、沖の波、の意である。「つ」は「の」の意の古い連体の助詞である。
 二句「辺波の来寄る」は、岸辺の波が寄せてくる、の意である。沖の波と岸辺の波とを並べ、波が絶えず寄せる浦のさまを描いている。
 三句「佐太の浦の」は、佐太の浦の、の意である。所在ははっきりしない。「さだのうらの」と六音で字余りの句となっている。初句からここまでが序詞となり、地名の「佐太」と同じ音の「さだ」を導いている。
 四句「このさだ過ぎて」は、この時機を過ごしてしまって、の意である。「さだ」は時、折の意で、序詞から同音で転じている。
 結句「後恋ひむかも」は、後になって恋しく思うのだろうか、の意である。「む」は推量の助動詞、「かも」は疑問を含んだ詠嘆の助詞で、悔いを予感する心を表している。

さだ:時、時機、折
へなみ:岸辺に寄せる波
出典
万葉集
前の歌
牛窓の波の潮騒島響み 寄そりし君は逢はずかもあらむ
次の歌
白波の来寄する島の荒礒にも あらましものを恋ひつつあらずは