潮満てば水泡に浮かぶ真砂にも
我はなりてしか恋ひは死なずて
- 歌の意味
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潮が満ちると水の泡に浮かぶ細かな砂にでも、私はなりたいものだ。恋い死にはしないで。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2734
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
潮が満ちると水の泡とともに浮かび漂う細かな砂にでもなってしまいたい、恋に焦がれて死ぬよりは、と詠んだ恋の歌である。はかなく漂う真砂になりたいと願うほどに、恋の苦しさが極まっていることを表している。
物に寄せて思ひを陳ぶ歌として、水泡に浮かぶ真砂に寄せた歌である。前歌が荒磯になりたいと願ったのに続き、本歌は真砂になりたいと願っており、岩の荒磯と微細な砂という、大小の異なる物になぞらえて同じ心を詠んだ二首が並べられている。人ならぬものになりたいという願いは、巻第三の第三百四十三首の大伴旅人の「酒壺になりにてしかも」にも見える形である。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「潮満てば」は、潮が満ちると、の意である。「満てば」は已然形に接続助詞「ば」が付いた確定条件で、潮が満ちるたびに、という恒常的な条件を表している。
二句「水泡に浮かぶ」は、水の泡に浮かぶ、の意である。
三句「真砂にも」は、細かな砂にでも、の意である。係助詞「も」によって、せめてそのようなものにでも、という気持ちを表している。
四句「我はなりてしか」は、私はなりたいものだ、の意である。「てしか」は自己の願望を表す終助詞で、ここで句切れとなる。
結句「恋ひは死なずて」は、恋い死にはしないで、の意である。係助詞「は」で恋死にを取り立てて打ち消し、四句と倒置になっている。
みなわ:水の泡
まなご:細かい砂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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白波の来寄する島の荒礒にも あらましものを恋ひつつあらずは
- 次の歌
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住吉の岸の浦廻にしく波の しくしく妹を見むよしもがも