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大船のたゆたふ海にいかり下ろし
いかにせばかも我が恋やまむ

歌の意味
大船が揺れ漂う海に碇を下ろす、その「いかり」のように、いかにしたら私の恋はやむのだろうか。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2738

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 大船が揺れ漂う海に碇を下ろすさまを序として、どうしたらこの恋の苦しみがやむのだろうか、と思い悩む心を詠んだ恋の歌である。揺れ動く大船は定まらない恋心を思わせ、それを鎮める手立てを求めても見いだせないやるせなさを表している。
 物に寄せて思ひを陳ぶ歌として、海に碇を下ろす大船に寄せた歌である。「いかり」と「いかに」の同じ音を重ねる技巧によって、景から心へと転じている。結句の「我が恋やまむ」は、恋がやむことを願う問いであり、本巻の第二千七百四十一首の「やむ時もなし」はこれに答えるかのように恋のやまないことを言い切っている。また「大船の」で始まる歌は第二千七百四十首にも見える。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「大船の」は、大きな船の、の意である。大船は万葉集でしばしば頼りになるもの、また揺れ動くものの姿として詠まれる。
 二句「たゆたふ海に」は、揺れ漂う海に、の意である。「たゆたふ」は定まらずに揺れ動くことで、落ち着かない恋心をも思わせる。
 三句「いかり下ろし」は、碇を下ろして、の意である。原文は「重石」と書き、石を重しとした古い碇の姿をうかがわせる。初句からここまでが序詞となり、「いかり」の音から同じ音を持つ四句の「いかに」を導いている。
 四句「いかにせばかも」は、どのようにしたら、の意である。「せば」はサ変動詞「す」の未然形に接続助詞「ば」が付いた仮定条件で、係助詞「かも」が疑問を表している。
 結句「我が恋やまむ」は、私の恋はやむのだろうか、の意である。四句の係助詞「かも」を受けて推量の助動詞「む」の連体形で結ぶ係り結びとなり、恋をしずめる手立てを求めても得られない嘆きを表している。

いかり:船を留めるために水底に沈める重し、碇
たゆたふ:揺れ動いて定まらない、ただよう
やむ:絶える、終わる
出典
万葉集
前の歌
大伴の御津の白波間なく 我が恋ふらくを人の知らなく
次の歌
みさご居る沖つ荒礒に寄する波 ゆくへも知らず我が恋ふらくは