みさご居る沖つ荒礒に寄する波
ゆくへも知らず我が恋ふらくは
- 歌の意味
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みさごのいる沖の荒磯に寄せる波のように、行く末もわからない。私が恋していることは。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2739
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
みさごの棲む沖の荒磯に打ち寄せては砕け散る波のように、自分の恋はどこへ行き着くのかもわからない、と詠んだ恋の歌である。荒磯に寄せて行方の知れない波の姿に、先の見えない恋の不安を重ねている。
物に寄せて思ひを陳ぶ歌として、沖の荒磯に寄せる波に寄せた歌である。四句の「ゆくへも知らず」は、本巻の第二千七百二十三首の「ゆくへ知らずて」と同じく恋の行く末の見えなさをいう句である。また荒磯は第二千七百三十三首にも詠まれており、海辺の景物に寄せた歌の一群の中に置かれている。前歌が恋のやむ手立てを問うたのに続き、本歌は恋の行き着く先のわからなさを嘆いている。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「みさご居る」は、みさごのいる、の意である。みさごは海辺に棲み、水中の魚を捕らえる鳥で、荒々しい磯の情景を印象づけている。
二句「沖つ荒礒に」は、沖の荒磯に、の意である。「つ」は「の」の意の古い連体の助詞で、荒磯は岩の多い荒々しい海岸をいう。
三句「寄する波」は、打ち寄せる波、の意である。初句からここまでが序詞となり、岩に砕けて行方の知れない波の姿から「ゆくへも知らず」を導いている。
四句「ゆくへも知らず」は、行く末もわからない、の意である。係助詞「も」が添えられ、ここで句切れとなって結句と倒置の関係になっている。
結句「我が恋ふらくは」は、私が恋していることは、の意である。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で、倒置によって恋の主体を最後に示し、余韻を残している。
みさご:海辺に棲み、魚を捕らえて食べる鷹の仲間の鳥
ありそ:岩の多い荒々しい海岸、荒磯
ゆくへ:行く先、物事の成り行き
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大船のたゆたふ海にいかり下ろし いかにせばかも我が恋やまむ
- 次の歌
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大船の艫にも舳にも寄する波 寄すとも我れは君がまにまに