志賀の海人の煙焼き立て焼く塩の
辛き恋をも我れはするかも
- 歌の意味
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志賀の海人が煙を立てて焼く塩のように、辛くつらい恋を私はすることだ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2742
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
志賀の海人が煙を立ち上らせて焼く塩のように、辛くつらい恋を自分はしていることだ、と詠んだ恋の歌である。塩の辛さを恋の苦しさに重ね、海辺の暮らしの景を借りて胸の痛みをしみじみと表している。
物に寄せて思ひを陳ぶ歌として、志賀の海人が焼く塩に寄せた歌である。志賀は現在の福岡市の志賀島一帯で、海人が藻塩を焼く地として知られた。本歌から次歌の第二千七百四十三首、第二千七百四十四首へと、海人とその営みに寄せた歌が続いて並べられている。結句の「我れはするかも」の形は、本巻の第二千七百四十六首の「恋もするかも」とも通じ、恋の苦しさを詠嘆する歌が海の景物の歌群の中に配されている。
作者は、左注に「右一首或いは云ふ、石川君子朝臣の作なり」とあり、或る説として石川君子の名が伝えられている。石川君子は奈良時代の官人で、播磨守を経て神亀年間に大宰少弐を務め、のちに従四位下に至った。志賀の海人は大宰府に近い筑前の海辺の景物であり、筑紫に赴任した官人の作と伝えられたことと結びつく。
初句「志賀の海人の」は、志賀の海人の、の意である。「しかのあまの」と六音で、字余りの句となっている。志賀は筑前の志賀島一帯で、原文は「壮鹿」と書いている。
二句「煙焼き立て」は、煙を立ち上らせて焼いて、の意である。藻塩を焼く煙が立ちのぼる海辺の光景を描いている。
三句「焼く塩の」は、焼いて作る塩の、の意である。初句からここまでが序詞となり、塩の辛さから「辛き」を導いている。
四句「辛き恋をも」は、つらく苦しい恋をも、の意である。「辛き」は塩の味の辛さと、恋のつらさとを重ねて表している。係助詞「も」が添えられている。
結句「我れはするかも」は、私はすることだ、の意である。「かも」は詠嘆の終助詞で、思いがけずこれほど苦しい恋をしている我が身を嘆いている。
あま:海に潜って魚や貝をとったり、塩を焼いたりして暮らす人、海人
けぶり:煙
しほ:海水を煮詰めて作る塩
- 作者
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石川君子(或る説による)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大海に立つらむ波は間あらむ 君に恋ふらくやむ時もなし
- 次の歌
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なかなかに君に恋ひずは比良の浦の 海人ならましを玉藻刈りつつ