我妹子に逢はず久しもうましもの
安倍橘の苔生すまでに
- 歌の意味
-
いとしい人に逢わないで久しいことだ。うるわしい安倍橘の木に苔が生えるまでも。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2750
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
いとしい人に長く逢えずにいることを、橘の木に苔が生えるほどの年月だと誇張して嘆いた恋の歌である。苔むすほどの長い時の流れによって、逢えない日々の長さを印象深く言い表している。
安倍橘という木に寄せて思いを述べる寄物陳思の歌で、前歌までの舟や海辺の物から、ここで草木に寄せる歌へと移っている。少し後の第二千七百五十三首も「久しくなりぬ君に逢はずして」と逢わない日々の長さを詠んでおり、同じ主題を浜久木に寄せて扱っている。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「我妹子に」は、いとしい人に、の意である。「我妹子」は男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語である。
二句「逢はず久しも」は、逢わないで久しいことだ、の意である。「も」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。三句以下と倒置の関係にある。
三句「うましもの」は、うるわしいもの、立派なもの、の意で、四句の「安倍橘」をほめて言う語である。
四句「安倍橘の」は、柑橘の一種である安倍橘の木の、の意である。常緑で長く茂る木であり、長い年月を思わせる。
結句「苔生すまでに」は、苔が生えるまでに、の意である。橘の木に苔が生えるほどの長い時を言い、二句の「久しも」を受けて逢わない日々の長さを誇張している。
わぎもこ:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
あべたちばな:柑橘の一種。ダイダイの類とされる
こけむす:苔が生える。長い年月が経つことをいう
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
駅路に引き舟渡し直乗りに 妹は心に乗りにけるかも
- 次の歌
-
あぢの住む渚沙の入江の荒礒松 我を待つ子らはただ独りのみ