月草の借れる命にある人を
いかに知りてか後も逢はむと言ふ
- 歌の意味
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月草のようにはかない、仮の命を生きる人間であるのに、どうして先のことを知っていて、後にも逢おうなどと言うのか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2756
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
露草のようにはかなく、仮に借りた命を生きている人間なのに、どうして先のことがわかって「後でまた逢おう」などと言うのか、と相手をなじった女性の恋の歌である。今逢うことを先延ばしにする相手への不満を、命のはかなさという理を持ち出して訴えている。
月草という物に寄せた寄物陳思の歌で、前歌に続いて女性の立場から詠まれている。前歌が相手の言葉を待とうとしたのに対し、本歌は相手の「後も逢はむ」という言葉を信じきれずに問い返しており、相手の言葉をめぐって対照的な態度を示している。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「月草の」は、「借れる命」にかかる枕詞である。月草は露草の古名で、花が朝咲いてすぐにしぼみ、色もうつろいやすいことから、はかないものの喩えとされた。
二句「借れる命に」は、仮に借りている命で、の意である。人の命は一時借りたものにすぎないという無常の思いを表している。
三句「ある人を」は、生きている人間であるのに、の意である。「を」は逆接の助詞で、はかない身であるのに、と四句以下へ続けている。
四句「いかに知りてか」は、どうして知っていてか、の意である。係助詞「か」は疑問を表し、結句の「言ふ」と係り結びをなしている。
結句「後も逢はむと言ふ」は、後にも逢おうと言うのか、の意である。四句の係助詞「か」を受けて連体形「言ふ」で結ばれている。八音の字余りの句で、相手の言葉をそのまま引いて問い詰める調子を出している。
つきくさ:ツユクサの古名
かる:借りる。一時的に借りる意
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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浅茅原刈り標さして空言も 寄そりし君が言をし待たむ
- 次の歌
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大君の御笠に縫へる有間菅 ありつつ見れど事なき我妹