我が宿の穂蓼古幹摘み生し
実になるまでに君をし待たむ
- 歌の意味
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我が家の庭の、穂の出た蓼の古い茎から実を摘み取って蒔き育て、それが実を結ぶまでも、あなたを待とう。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2759
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
我が家の庭の蓼の古茎から種を摘んで育て、それが実るまでの長い時がかかっても、あなたを待ち続けようと詠んだ女性の恋の歌である。蓼が実を結ぶことに、恋が実を結ぶことを重ねていると解され、長く待つ覚悟を身近な庭の草に託して表している。
穂蓼という物に寄せた寄物陳思の歌である。本巻の第二千七百五十五首の結句「言をし待たむ」と、本歌の結句「君をし待たむ」とは、女性が相手を待とうとする同じ形の結句を持っている。また本歌の「摘み生し」と次歌の「摘みに行かむ」とは、ともに草を摘むことを詠んでいる。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「我が宿の」は、私の家の庭の、の意である。身近な庭先の草を取り上げている。
二句「穂蓼古幹」は、穂の出た蓼の、枯れ残った古い茎である。秋に穂をつけた蓼の古茎に残る実をいう。
三句「摘み生し」は、実を摘み取って蒔き、育てて、の意である。種から育て直すことで、長い時の経過を思わせている。
四句「実になるまでに」は、実を結ぶまでも、の意である。蓼が実ることに、恋が実ることを重ねていると解されている。
結句「君をし待たむ」は、あなたを待とう、の意である。「し」は強意の副助詞、「む」は意志の助動詞で、待ち続ける決意を言い留めている。
やど:家。家の庭先
ほたで:穂の出た蓼
ふるから:枯れ残った古い茎
おほす:育てる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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菅の根のねもころ妹に恋ふるにし 大夫心思ほえぬかも
- 次の歌
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あしひきの山沢ゑぐを摘みに行かむ 日だにも逢はせ母は責むとも