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葦鶴の騒く入江の白菅の
知らせむためと言痛かるかも

歌の意味
葦辺の鶴が鳴き騒ぐ入江の白菅の、その「しら」のように、まるで人に知らせようとするためかと思うほど、噂がうるさいことだ。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2768

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 二人の仲を世間に知らせるためかと思うほど、人の噂がうるさく立つことを嘆く歌である。鶴が鳴き騒ぐ入江の情景には、噂に騒ぎ立てる人々の様子も重ねられており、恋をとがめる世間の口の煩わしさがよく表れている。
 入江に生える白菅に寄せる歌である。前歌が恋を表に出そうと決意したのに対し、本歌はすでに世間に知れ渡った恋の噂の煩わしさを詠んでおり、人目と恋をめぐる歌が並んでいる。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「葦鶴の」は、葦辺にいる鶴の意である。水辺の鳥を描き出し、入江の情景へと導いている。
 二句「騒く入江の」は、鶴が鳴き騒ぐ入江のの意である。「騒く」は上代には清音で「さわく」と訓み、噂に騒ぐ世間の様子をも思わせている。
 三句「白菅の」は、入江に生える白菅のの意である。初句からここまでが序詞で、「しら」の音の繰り返しによって次の「知らせむ」を導いている。
 四句「知らせむためと」は、知らせようとするためかとの意である。「む」は意志の助動詞で、噂の立ち方がまるでわざと知らせようとしているかのようだという思いを表している。
 結句「言痛かるかも」は、噂がうるさいことだなあの意である。「言痛し」は人の噂がひどく煩わしいことをいう形容詞で、「かも」は詠嘆の終助詞である。

あしたづ:葦辺にいる鶴
しらすげ:菅の一種。水辺に生える
こちたし:人の噂がひどく煩わしい
出典
万葉集
前の歌
あしひきの山橘の色に出でて 我は恋なむを人目難みすな
次の歌
我が背子に我が恋ふらくは夏草の 刈り除くれども生ひしくごとし