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我が背子に我が恋ふらくは夏草の
刈り除くれども生ひしくごとし

歌の意味
私があの方を恋い慕う思いは、夏草が刈り払っても刈り払っても、後から後から生い茂ってくるようなものだ。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2769

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 あの人を恋う思いは、夏草を刈り払っても次々に生えてくるように、断ち切ろうとしても尽きることがないと詠んだ女の歌である。抑えても抑えても湧き上がる恋心を、夏草の旺盛な生命力にたとえたところに実感がある。
 夏草に寄せる歌で、序詞ではなく「ごとし」を用いた直喩によって恋心を夏草にたとえている。刈っても刈っても生えるという、誰もが知る夏の野の経験を持ち出したことで、どうにもならない恋の思いが身近なものとして伝わってくる。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「我が背子に」は、私のいとしい方にの意である。「背子」は女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語で、女の歌であることを示している。
 二句「我が恋ふらくは」は、私が恋い慕うことはの意である。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で、恋するということを名詞のようにまとめて主題として示している。
 三句「夏草の」は、夏に盛んに茂る草のの意である。ここから結句までが、恋心をたとえる比喩となっている。
 四句「刈り除くれども」は、刈り払っても刈り払ってもの意である。「刈り除く」は刈り取って取り除く意で、「ども」は逆接の確定条件を表している。
 結句「生ひしくごとし」は、後から後から生い茂ってくるようだの意である。「生ひしく」は次々と生えて追いつく意で、「ごとし」で比喩を結び、尽きない恋心を言い表している。

せこ:女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語
かりそく:刈り取って取り除く
おひしく:次々と生えて追いつく、生い茂る
出典
万葉集
前の歌
葦鶴の騒く入江の白菅の 知らせむためと言痛かるかも
次の歌
道の辺のいつ柴原のいつもいつも 人の許さむ言をし待たむ