道の辺のいつ柴原のいつもいつも
人の許さむ言をし待たむ
- 歌の意味
-
道のほとりの茂った柴原の「いつ」のように、いつもいつも、あの人が許してくれる言葉を待っていよう。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2770
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
あの人が受け入れてくれるという言葉を、いつまでも待ち続けようと詠んだ歌である。相手の承諾をひたすら待つという控えめな姿勢の中に、決してあきらめない恋の強さが込められている。
道ばたの柴原に寄せる歌である。「いつ柴」から「いつもいつも」へと同じ音を重ねて言葉を運ぶ技巧が際立ち、繰り返しの響きが待ち続ける時間の長さを感じさせている。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「道の辺の」は、道のほとりのの意である。人の行き来する道ばたの情景を示している。
二句「いつ柴原の」は、よく茂った柴の生えている野原のの意である。初句からここまでが序詞で、「いつ」の音の繰り返しによって次の「いつもいつも」を導いている。
三句「いつもいつも」は、いつでも、いつまでもの意である。六音の字余りで、同じ語を重ねることで待ち続ける思いの強さを表している。
四句「人の許さむ」は、あの人が許してくれるであろうの意である。「人」は恋の相手を指し、「む」は推量の助動詞として、まだ得られていない承諾を思い描いている。
結句「言をし待たむ」は、その言葉を待っていようの意である。「し」は強意の副助詞、「む」は意志の助動詞で、ひたすら待つ決意を述べて結んでいる。
いつしば:よく茂った柴
しば:山野に生える小さな雑木
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
我が背子に我が恋ふらくは夏草の 刈り除くれども生ひしくごとし
- 次の歌
-
我妹子が袖を頼みて真野の浦の 小菅の笠を着ずて来にけり