真野の池の小菅を笠に縫はずして
人の遠名を立つべきものか
- 歌の意味
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真野の池の小菅を笠に縫いもしないうちに、遠くまで評判を立てられてよいものだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2772
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
真野の池の小菅をまだ笠に縫ってもいないのに、遠くまで噂を立てられてよいものかと嘆く歌である。小菅を笠に縫うことを、相手と結ばれて自分のものにすることにたとえ、まだ契りも結ばないうちに仲を言い立てられる不満を述べている。
前歌の第二千七百七十一首に続いて真野の小菅を詠む歌である。前歌では小菅の笠をかぶらずに女のもとへ来たと詠まれたが、本歌では小菅を笠に縫うこと自体が恋の成就のたとえとなり、同じ素材が異なる趣向で用いられている。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「真野の池の」は、真野にある池のの意である。真野は摂津国の地名で、今の神戸市長田区のあたりとされる。六音の字余りである。
二句「小菅を笠に」は、小菅を材料として笠にの意である。小菅を相手の女に、笠を自分のものとすることにたとえている。
三句「縫はずして」は、縫いもしないでの意である。「ずして」は打消の「ず」に「して」が付いた形で、まだ契りを結んでいないことを表している。
四句「人の遠名を」は、人の噂の遠くまで広まる評判をの意である。「遠名」は遠くまで聞こえる名、すなわち広く立った噂をいう。
結句「立つべきものか」は、立ててよいものだろうか、いやよくないの意である。「べし」は当然、適当の助動詞、「ものか」は反語を表し、不当な噂への憤りを込めて結んでいる。
こすげ:菅。笠や蓑などの材料とする
とほな:遠くまで広まった評判、噂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我妹子が袖を頼みて真野の浦の 小菅の笠を着ずて来にけり
- 次の歌
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さす竹の世隠りてあれ我が背子が 我がりし来ずは我れ恋めやも