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我妹子が何とも我れを思はねば
ふふめる花の穂に咲きぬべし

歌の意味
恋しいあの子が私のことを何とも思ってくれないので、つぼんでいる花が穂に出て咲くように、私の思いは表に出てしまいそうだ。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2783

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 恋しい人が自分を何とも思ってくれないので、胸に秘めてきた思いがつぼみの花が開くように表に出てしまいそうだと詠んだ男の歌である。相手のつれなさに耐えかね、もはや人目に隠しきれなくなりそうな恋心を、花の開く姿に託している。
 本歌から花に寄せる歌が続く。つぼみの花が「穂に咲く」ことを恋の表に現れることに喩えており、次歌の「韓藍の花の色に出でめやも」が、花のように色に出すことはするまいと誓うのと、表に出てしまいそうだという本歌とが対をなす配列である。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「我妹子が」は、恋しいあの子がの意である。「我妹子」は男が恋人や妻を親しんで呼ぶ語で、男の歌であることがわかる。
 二句「何とも我れを」は、私のことを何ともの意で、下の打消と呼応して、相手が自分を少しも気にかけないことをいう。
 三句「思はねば」は、思ってくれないのでの意である。打消の助動詞「ず」の已然形「ね」に接続助詞「ば」が付き、原因、理由を表している。
 四句「ふふめる花の」は、つぼんでいる花がの意である。「ふふめ」は動詞「ふふむ」の已然形、「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、まだ開かずにいる花を、胸に秘めた恋心に重ねている。
 結句「穂に咲きぬべし」は、穂に出て咲いてしまいそうだの意である。「穂に咲く」は思いが表に現れることの喩えで、「ぬべし」は強意の助動詞「ぬ」と推量の助動詞「べし」が重なり、きっとそうなるだろうという見込みを表している。

わぎもこ:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
ふふむ:花や葉がつぼみのままでいる
ほ:穂。外に表れ目立つもののたとえとして用いる
出典
万葉集
前の歌
さ寝がには誰れとも寝めど沖つ藻の 靡きし君が言待つ我れを
次の歌
隠りには恋ひて死ぬともみ園生の 韓藍の花の色に出でめやも