隠りには恋ひて死ぬともみ園生の
韓藍の花の色に出でめやも
- 歌の意味
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人知れず恋い焦がれて死ぬとしても、お庭に咲く韓藍の花のように、はっきりと顔色に出したりするものか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2784
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
たとえ人知れず恋い焦がれて死ぬことになっても、庭に咲く韓藍の花の鮮やかな色のように、恋心を表に出したりはしないと誓った歌である。忍ぶ恋を貫こうとする固い決意が、燃えるような花の色を借りて強く言い表されている。
花に寄せる一連の歌で、前歌が思いの「穂に咲きぬべし」と表に出てしまいそうなことを嘆いたのに対し、本歌は「色に出でめやも」と表に出すまいと言い切っており、表に出る恋と忍ぶ恋とが向かい合う配列である。「色に出づ」は恋が顔色や素振りに表れることをいう万葉集の恋の歌の常套の表現である。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「隠りには」は、人目に隠れたままではの意で、ひそかに恋い続けることをいう。係助詞「は」によって取り立てている。
二句「恋ひて死ぬとも」は、恋い焦がれて死ぬとしてもの意である。「とも」は逆接の仮定条件を表し、死をも辞さない覚悟を示している。
三句「み園生の」は、お庭のの意である。「み」は美称の接頭語で、「園生」は草木を植えた庭、園をいう。
四句「韓藍の花の」は、韓藍の花のようにの意である。「韓藍」はケイトウのことと考えられ、赤い色の鮮やかな花である。三句から四句までが「色」を導く序詞となっている。
結句「色に出でめやも」は、顔色に出したりするだろうか、いや出しはしないの意である。「め」は推量の助動詞「む」の已然形で、「やも」が付いて強い反語となっている。
そのふ:草木を植えた庭、園
からあゐ:ケイトウの古名と考えられる。赤い花を咲かせる
こもり:人目につかないように隠れていること
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我妹子が何とも我れを思はねば ふふめる花の穂に咲きぬべし
- 次の歌
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咲く花は過ぐる時あれど我が恋ふる 心のうちはやむ時もなし