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伊勢の海人の朝な夕なに潜くといふ
鰒の貝の片思にして

歌の意味
伊勢の海人が朝に夕に潜って採るという鰒の貝のように、私は片思いであって。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2798

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 伊勢の海人が朝夕に潜って採るという鰒の貝が片側だけの貝であるように、自分の恋も片思いのままであると嘆いた歌である。結句を言いさしにして、報われない恋の切なさを余韻として残している。
 貝に寄せる一連の最後の一首で、殻が片側だけの鰒を「片思」に結びつけている。本巻の第二千七百九十六首の「磯貝の片恋ひのみに」と同じく、片側だけの貝によって片思いを導く趣向であり、後世の「磯の鮑の片思い」という言い回しに通じる発想である。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「伊勢の海人の」は、伊勢の海で漁をする海人のの意である。六音の字余りで、初句から四句までが「片思」を導く序詞である。伊勢は現在の三重県で、海人の漁で知られた地である。
 二句「朝な夕なに」は、朝に夕にの意で、毎日欠かさずという気持ちを表している。
 三句「潜くといふ」は、水に潜って採るというの意である。「といふ」は伝え聞いたことを表している。
 四句「鰒の貝の」は、鰒の貝のようにの意である。鰒は殻が片側だけの貝であることから、下の「片思」を導いている。
 結句「片思にして」は、片思いであっての意である。「にして」は断定の助動詞「なり」の連用形「に」に接続助詞「して」が付いた形で、言いさしの形で結び、言い尽くせない嘆きを余韻として残している。

あま:海に潜って魚や貝を採る漁師
かづく:水に潜る
かたもひ:片思い
出典
万葉集
前の歌
住吉の浜に寄るといふうつせ貝 実なき言もち我れ恋ひめやも
次の歌
人言を繁みと君を鶉鳴く 人の古家に語らひて遣りつ