里中に鳴くなる鶏の呼び立てて
いたくは泣かぬ隠り妻はも
- 歌の意味
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里の中で鳴いている鶏のように声を上げて呼び立てて、ひどく泣いたりはしない隠り妻よ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2803
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
里の中で鳴く鶏のように声高く呼び立てることもなく、声を上げて泣かずに忍んでいる隠り妻をいとおしむ歌である。人目を避けて秘めた仲を守り、つらさを表に出さずに耐えている妻への、男の思いやりが込められている。
鳥に寄せた歌の一連の一首で、前歌の山鳥に続いて里の鶏を詠んでいる。本巻の第二千八百首にも「暁と鶏は鳴くなり」と鶏が詠まれているが、本歌では夜明けを告げる鳥としてではなく、声高く鳴き立てる鳥として、黙して耐える妻と対比されている。
なお原文には「一云 里響め鳴くなる鶏の」という異伝が注記されている。ここでは本文の「里中に鳴くなる鶏の」を採った。異伝では里中を響かせて鳴く鶏となり、鳴き声の大きさがいっそう強調される。
作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。
初句「里中に」は、里の中で、の意である。人の住む村里を舞台にしている。
二句「鳴くなる鶏の」は、鳴いている鶏が、の意である。「なる」は音や声によって推定する助動詞「なり」の連体形で、鶏の声が聞こえてくることを表す。「鶏」はここでは「かけ」と読む。初句とこの句が序詞で、鶏の鳴くさまから次の「呼び立てて」を導いている。
三句「呼び立てて」は、声高く呼び立てて、の意で、次の「いたくは泣かぬ」にかかる。鶏の「鳴く」と人の「泣く」とが響き合っている。
四句「いたくは泣かぬ」は、ひどく泣いたりはしない、の意である。係助詞「は」で取り立てて打ち消し、声を忍んで耐える姿を描いている。「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、次の「隠り妻」を修飾する。
結句「隠り妻はも」は、隠り妻よ、の意である。「隠り妻」は人目を忍んで家にこもっている妻、公にしていない妻のことで、「はも」は詠嘆を表す終助詞である。体言の後に置いて深い感慨を込めて言い収めている。
かけ:鶏の古名
こもりづま:人目を忍んで家にこもっている妻。公にしていない妻
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あしひきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む
- 次の歌
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高山にたかべさ渡り高々に 我が待つ君を待ち出でむかも