古典和歌stream

かくしてやなほやまもらむ大荒木の
浮田の社の標にあらなくに

歌の意味
こうしてやはり、ただ見守り続けるのだろうか。大荒木の浮田の社の標でもないのに。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2839

詞書は前の歌に続き「譬喩」
 こうしていつまでも、ただ見守っているばかりなのだろうか、自分は大荒木の浮田の社に張られた標でもないのにと詠んだ歌である。神域を示して立ち続ける標に自分の身をたとえ、思う相手に手を出せずに見守るしかないもどかしさを表している。
 左注「右一首寄標喩思」によって、標に寄せて思いをたとえた歌とされる。原文では「なほやまもらむ」の「む」に「牛鳴」の字を当てており、牛の鳴き声を「む」と聞いて表した戯書として知られる。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「かくしてや」は、こうしての意である。係助詞「や」は疑問を表し、二句の「らむ」で結ばれている句である。
 二句「なほやまもらむ」は、やはり見守り続けるのだろうかの意である。「や」を重ねて疑いを強め、「らむ」は現在推量の助動詞の連体形で、初句の「や」を受けて結んでいる。ここで意味が切れる二句切れである。
 三句「大荒木の」は、地名である。浮田の社のある地をいい、「おほあらきの」の六音で字余りである。
 四句「浮田の社の」は、浮田の社のの意である。社は神の降りる森、神社をいい、今の奈良県五條市の荒木神社の地とする説がある。
 結句「標にあらなくに」は、標でもないのにの意である。「なくに」は打消の助動詞「ず」のク語法に「に」が付いた形で、見守るばかりの自分を嘆き、八音の字余りである。

まもる:目を離さずに見守る
もり:神の降りる木立。神社
しめ:土地の占有を示したり、立ち入りを禁じたりするために張る縄や標識
出典
万葉集
前の歌
川上に洗ふ若菜の流れ来て 妹があたりの瀬にこそ寄らめ
次の歌
いくばくも降らぬ雨ゆゑ我が背子が 御名のここだく瀧もとどろに