我が背子が朝明の姿よく見ずて
今日の間を恋ひ暮らすかも
- 歌の意味
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愛しいあの人が明け方に帰っていく姿をよく見ないままだったので、今日一日を恋しく思いながら暮らすことだ。
- 鑑賞
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巻第十二 正述心緒 2841
詞書「正に心緒を述ぶ」
夜を共に過ごした夫が明け方に帰っていく姿を、しっかり見届けなかった心残りから、一日中恋しさに過ごす女の歌である。巻第十二の巻頭歌で、恋の一日を朝の別れから歌い起こしている。詞書の「正に心緒を述ぶ」は、物にたとえず心の思いをそのまま述べる歌の部立であることを示す。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕えた宮廷歌人である。本歌は左注により柿本人麻呂歌集から採られた歌とわかるが、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた歌かについては説が分かれる。
巻末の第三千二百二十首は夜更けまで君を待つ女の歌であり、朝の別れから始まった巻が夜の待つ恋で閉じられるという呼応が見られる。
初句「我が背子が」の「背子」は、女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語で、女の立場の歌であることを示す。
二句「朝明の姿」は、夜を共に過ごした男が明け方に帰っていく後ろ姿をいう。本巻の第三千九十五首にも同じ二句が見え、朝の別れの悲しみを歌う点で通じ合う。
三句「よく見ずて」の「ずて」は打消の「ず」に接続助詞「て」が付いたもので、よく見ないままで、の意である。
四句「今日の間を」は、別れてから夜が来るまでの一日の間をいう。
結句「恋ひ暮らすかも」は、恋しく思いながら一日を過ごす意で、「かも」は詠嘆の終助詞である。
あさけ:夜明け方
せこ:女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語
こひくらす:恋しく思いながら日を過ごす
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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いくばくも降らぬ雨ゆゑ我が背子が 御名のここだく瀧もとどろに
- 次の歌
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我が心ともしみ思ふ新夜の 一夜もおちず夢に見えこそ