直に逢はずあるはうべなり夢にだに
何しか人の言の繁けむ
- 歌の意味
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直接逢わずにいるのはもっともなことだ。けれども、せめて夢の中でさえ、どうして人の噂がこうもうるさく妨げるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十二 正述心緒 2848
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
人目をはばかって現実に逢わないのは仕方がないと認めつつ、夢の中でさえ逢えないのは人の噂のせいかと嘆く歌である。噂が夢にまで及ぶという誇張に、世間の目を恐れる恋の息苦しさがにじむ。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕えた宮廷歌人である。本歌は左注により柿本人麻呂歌集から採られた歌とわかるが、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた歌かについては説が分かれる。
或本では上三句を「うつつにはうべも逢はなく夢にさへ」とし、現実と夢との対比がより明確になっている。
初句「直に逢はず」は六音の字余りで、直接には逢わない、の意である。
二句「あるはうべなり」の「うべ」は、もっともだ、当然だの意で、人目をはばかって逢わないのは仕方がないと認める。ここで二句切れとなる。
三句「夢にだに」の「だに」は、せめて…だけでも、の意の副助詞で、現実の逢瀬はあきらめても夢くらいは、という願いを込める。
四句「何しか人の」の「何しか」は、どうして、の意の疑問で、結句の推量「む」と呼応する。
結句「言の繁けむ」は、人の噂がうるさいのだろうか、の意で、夢の逢瀬にまで人言が及ぶと嘆く誇張がこの歌の眼目である。
こと:言葉、ここでは世間のうわさ
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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後も逢はむ我にな恋ひそと妹は言へど 恋ふる間に年は経につつ
- 次の歌
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ぬばたまのその夢にだに見え継ぐや 袖干る日なく我れは恋ふるを