浅葉野に立ち神さぶる菅の根の
ねもころ誰がゆゑ我が恋ひなくに
- 歌の意味
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浅葉野に年を経て神々しく立っている菅の根のように、心をこめて、ほかの誰のために私は恋をするというのか。あなたのためでなくては恋などしないのに。
- 鑑賞
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巻第十二 寄物陳思 2863
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
古びて神々しい菅の根を序として、ほかの誰のためでもなくあなたのためにこそ心をこめて恋している、と訴える歌である。或本では上二句を「誰が葉野に立ちしなひたる」とする。左注の「右二十三首」はこの歌までを指し、人麻呂歌集の歌群はここで結ばれる。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕えた宮廷歌人である。本歌は左注により柿本人麻呂歌集から採られた歌とわかるが、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた歌かについては説が分かれる。
初句「浅葉野に」は地名とされるが、所在は明らかでない。
二句「立ち神さぶる」は、年を経て神々しく古びている、の意である。
三句「菅の根の」までが、同音の「ねもころ」を導く序詞である。
四句「ねもころ誰がゆゑ」は、心をこめて、ほかの誰のために、の意である。
結句「我が恋ひなくに」は、私は恋をするわけではないのに、の意で、四句と合わせて、あなた以外の誰のためにも恋などしない、と言い切っている。
かむさぶ:年を経て神々しくなる、古びる
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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山川の水陰に生ふる山菅の やまずも妹は思ほゆるかも
- 次の歌
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我が背子を今か今かと待ち居るに 夜の更けゆけば嘆きつるかも