橡の一重の衣うらもなく
あるらむ子ゆゑ恋ひわたるかも
- 歌の意味
-
橡染めの一重の衣に裏がないように、何の思惑もなく無心でいるであろうあの子のために、恋い続けていることだ。
- 鑑賞
-
巻第十二 寄物陳思 2968
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
裏のない一重の衣を序として、何の思惑もなく無心でいるであろう娘を、一方的に恋い続ける心を歌う。衣の裏と心の内とを重ねる言葉の技巧が見どころである。
作者は未詳である。巻第十二は「古今相聞往来歌類之下」と題され、名の伝わらない人々の恋の歌を部立ごとに収めている。
初句「橡の」は、くぬぎの実の煎じ汁で染めた衣をいう。本巻の第二千九百六十五首も同じ初句で歌い出している。
二句「一重の衣」は、裏地のない衣で、初句とともに「うら」を導く序詞となる。
三句「うらもなく」は、衣に裏がない意から転じて、心に思惑もなく無心で、の意となる。「うら」に衣の裏と心の意を掛けている。
四句「あるらむ子ゆゑ」は、そうしているだろうあの子のために、の意である。
結句「恋ひわたるかも」は、恋い続けることだ、の意で、無心な相手に一方的に恋する心を表している。
つるはみ:クヌギの実、またその煎じ汁で染めた色
うら:衣の裏の意と、心の意を掛ける
- 作者
-
作者未詳
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
年の経ば見つつ偲へと妹が言ひし 衣の縫目見れば悲しも
- 次の歌
-
解き衣の思ひ乱れて恋ふれども 何のゆゑぞと問ふ人もなし