- 歌の意味
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度会の大川のほとりの若い久木の名のように、私の旅が久しくなったならば、妻は恋しがるだろうか。
- 鑑賞
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巻第十二 羇旅発思 3127
詞書「羇旅に思ひを発す」
伊勢の度会の旅先から、旅が長くなれば家の妻は恋しがるだろうかと思いやる歌である。詞書の「羇旅に思ひを発す」は、旅の途上で起こる思いを述べる歌の部立であることを示し、この歌から四首が柿本人麻呂歌集の歌である。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕えた宮廷歌人である。本歌は左注により柿本人麻呂歌集から採られた歌とわかるが、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた歌かについては説が分かれる。
初句「度会の」は、伊勢国の度会、今の三重県伊勢市のあたりをいう。
二句「大川の辺の」は、大きな川のほとりの、の意である。
三句「若久木」は、若い久木で、ここまでが「ひさ」の音から「久」を導く序詞となる。
四句「我が久ならば」は、私の旅が長くなったならば、の意である。
結句「妹恋ひむかも」は、妻は恋しがるだろうか、の意で、旅先から家の妻を思いやっている。
ひさぎ:久木、アカメガシワなどとされる木
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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巻向の穴師の山に雲居つつ 雨は降れども濡れつつぞ来し
- 次の歌
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我妹子を夢に見え来と大和道の 渡り瀬ごとに手向けぞ我がする