豊国の企救の浜松ねもころに
何しか妹に相言ひそめけむ
- 歌の意味
-
豊国の企救の浜松の根のように、心をこめて、どうしてあの子と言葉を交わし始めてしまったのだろうか。
- 鑑賞
-
巻第十二 羇旅発思 3130
詞書は前の歌に続き「羇旅に思ひを発す」
豊国の企救の浜松を序として、どうしてあの娘とこれほど心をこめて言葉を交わし始めてしまったのかと嘆く歌である。旅先で深く思う人を得てしまったことへの悔いとも嘆きともつかない思いが表れている。人麻呂歌集の四首はこの歌で結ばれる。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕えた宮廷歌人である。本歌は左注により柿本人麻呂歌集から採られた歌とわかるが、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた歌かについては説が分かれる。
初句「豊国の」は、今の福岡県東部と大分県にあたる国の、の意である。
二句「企救の浜松」は、福岡県北九州市の企救の浜の松で、ここまでが松の根から「ねもころ」を導く序詞となる。本巻の第三千二百十九首第三千二百二十首にも企救の浜が詠まれている。
三句「ねもころに」は、心をこめて、の意である。
四句「何しか妹に」は、どうしてあの子に、の意で、結句の「けむ」と呼応する。
結句「相言ひそめけむ」は、言葉を交わし始めてしまったのだろうか、の意で、八音の字余りである。
はままつ:浜辺に生える松
あひいふ:言葉を交わす、語り合う
- 作者
-
柿本人麻呂歌集
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
桜花咲きかも散ると見るまでに 誰れかもここに見えて散り行く
- 次の歌
-
月変へて君をば見むと思へかも 日も変へずして恋の繁けむ