春日野の浅茅が原に遅れ居て
時ぞともなし我が恋ふらくは
- 歌の意味
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春日野の浅茅の原に取り残されていて、いつと決まった時もない、私が恋い慕うことは。
- 鑑賞
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巻第十二 悲別歌 3196
詞書は前の歌に続き「別れを悲しぶる歌」
旅立った相手に取り残されて春日野にいる身から、いつと限らず恋い慕っていると歌う女の歌である。広々とした浅茅の原が、ひとり残された寂しさを感じさせる。
作者は未詳である。巻第十二は「古今相聞往来歌類之下」と題され、名の伝わらない人々の恋の歌を部立ごとに収めている。
初句「春日野の」は、奈良市の春日野の、の意である。本巻の第三千一首第三千四十二首第三千五十首にも詠まれている。
二句「浅茅が原に」は、丈の低い茅の生えた原に、の意である。
三句「遅れ居て」は、取り残されていて、の意で、六音の字余りである。
四句「時ぞともなし」は、いつと決まった時もない、の意である。
結句「我が恋ふらくは」は、私が恋い慕うことは、の意で、本巻の第三千八十七首第三千八十八首第三千百六十八首と同じ結句である。
あさぢがはら:丈の低い茅の生えた野原
おくる:取り残される、後に残る
- 作者
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作者未詳
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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磐城山直越え来ませ礒崎の 許奴美の浜に我れ立ち待たむ
- 次の歌
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住吉の岸に向へる淡路島 あはれと君を言はぬ日はなし