月は日は変らひぬとも久に経る
三諸の山の離宮ところ
- 歌の意味
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月も日も移り変わっていっても、久しく変わらずに続く三諸の山の離宮の地であることよ。
- 鑑賞
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巻第十三 雑歌 3231
詞書「反歌」
長歌(第三千二百三十首)の反歌である。奈良から吉野へ向かう行幸の道中、神なび山の朝宮に仕えた後に吉野へ入る様子を歌う長歌を受け、時が移っても変わらない三諸の山の離宮をたたえる。長歌が「いにしへ思ほゆ」と昔をしのぶのに対し、反歌は永続をことほいでいる。左注には、或る本の歌では結びが「古き都の離宮ところ」となっているとあり、飛鳥の旧都を懐かしむ趣がいっそう強い。
作者は未詳である。巻第十三は作者名を記さない長歌とその反歌を中心に編まれた巻で、古い歌謡や儀礼の歌の面影を伝える歌が多い。
初句「月は日は」は、月も日もの意で、二つを並べて歳月の流れを表す。
二句「変らひぬとも」の「変らふ」は「変る」に継続の「ふ」が付いた形で、移り変わり続ける意である。「ぬ」は完了、「とも」は逆接の仮定で、「すっかり移り変わっても」となる。
三句「久に経る」は、長く時を経て続くの意で、二句の移ろいと対比される。
四句「三諸の山の」は、神の鎮まる山で、ここでは飛鳥の神なび山を指すとされる。
結句「離宮ところ」は、離宮のある所の意で、体言止めにより、変わらぬ聖地をたたえて結ぶ。或る本では「古き都の離宮ところ」とある。
かはらふ:移り変わり続ける
とつみやところ:離宮のある所、離宮の地
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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斎串立てみわ据ゑ奉る祝部が うずの玉かげ見ればともしも
- 次の歌
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山辺の五十師の御井はおのづから 成れる錦を張れる山かも