天地を嘆き祈ひ祷み幸くあらば
またかへり見む志賀の唐崎
- 歌の意味
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天地の神々に嘆きつつ祈り願い、無事であったならば、また帰って来て見よう、志賀の唐崎を。
- 鑑賞
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巻第十三 雑歌 3241
詞書「反歌」
長歌(第三千二百四十首)の反歌である。大君の命を受けて旅立つ人が、天地の神々に無事を祈り、命あれば再び志賀の唐崎を見ようと願う。長歌にも「幸くあらばまたかへり見む」の句があり、反歌はこれを繰り返して結びを志賀の唐崎に定める。左注には、或る書ではこの短歌は穂積朝臣老が佐渡に配流されたときに作った歌であるとあり、行く先の知れない流罪の旅の不安がにじむ。柿本人麻呂の近江荒都歌の反歌(巻第一の第三十首)の「楽浪の志賀の唐崎幸くあれど」とは、地名と「幸く」の語を共有している。
作者の穂積老は奈良時代前期の官人で、穂積朝臣の氏の人である。養老六年に天皇を非難した罪で佐渡に流され、天平十二年に赦されて都に戻った。ただしこの歌を老の作とするのは左注の伝える或る書の説であり、確定したものではない。
初句「天地を」は、天地の神々を指し、祈りの対象を大きく示す。
二句「嘆き祈ひ祷み」は、嘆きながら祈り願う意で、「祈ふ」「祷む」と祈りの動詞を重ねて切実さを強める。
三句「幸くあらば」の「幸く」は無事にの意で、「あらば」は仮定条件であり、無事であったならばと命の行方を仮定する。
四句「またかへり見む」は、再び帰って来て見ようの意で、助動詞「む」が意志を表す。長歌の同じ句を反歌で繰り返している。
結句「志賀の唐崎」は、琵琶湖西岸の岬で、体言止めにより、旅立ちに際して心に刻む地名を最後に置く倒置の形となる。
こふ:神に願い求める、祈る
のむ:神に祈る、頭を下げて願う
- 作者
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穂積老(或書による)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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逢坂をうち出でて見れば近江の海 白木綿花に波立ちわたる
- 次の歌
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阿胡の海の荒礒の上のさざれ波 我が恋ふらくはやむ時もなし