阿胡の海の荒礒の上のさざれ波
我が恋ふらくはやむ時もなし
- 歌の意味
-
阿胡の海の荒磯に絶えず寄せるさざ波のように、私の恋しさはやむ時もない。
- 鑑賞
-
巻第十三 雑歌 3244
詞書「反歌」
長歌(第三千二百四十三首)の反歌である。阿胡の海の荒磯に絶え間なく寄せるさざ波を序として、妻への恋しさがやむことのない様を詠む。長歌は長門の浦の潮と波が「いやますますに」「いやしくしくに」寄せるように妻を恋いつつ旅を続け、海人娘子の袖振る姿に妻の思いを感じとる歌である。反歌は波の絶え間なさに恋を託して簡潔に結ぶ。同じ結句「やむ時もなし」は本巻の第三千二百六十首の長歌の結びにも見え、恋の歌の決まった言い回しであった。
作者は未詳である。巻第十三は作者名を記さない長歌とその反歌を中心に編まれた巻で、古い歌謡や儀礼の歌の面影を伝える歌が多い。
初句「阿胡の海の」は地名で、長歌に詠まれた長門の浦近くの海とされ、所在は広島県呉市の倉橋島付近などの説がある。
二句「荒礒の上の」の「荒礒」は、岩が多く波の荒い磯のことで、「ありそ」と読む。
三句「さざれ波」は、細かく寄せる小波で、ここまでが絶え間ないことを導く序詞となる。
四句「我が恋ふらくは」の「恋ふらく」は動詞「恋ふ」にク語法の「らく」が付いた形で、「恋しく思うことは」の意である。
結句「やむ時もなし」は、絶えることがないの意で、寄せては返す波の様と恋心を重ねて結ぶ。
ありそ:岩が多く波の荒い磯
さざれなみ:細かく立つ小さな波
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
天地を嘆き祈ひ祷み幸くあらば またかへり見む志賀の唐崎
- 次の歌
-
天なるや月日のごとく我が思へる 君が日に異に老ゆらく惜しも