いにしへの神の時より逢ひけらし
今の心も常忘らえず
- 歌の意味
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遠い昔の神代の時から逢っていたらしい。だから今の心も、いつも忘れることができない。
- 鑑賞
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巻第十三 相聞 3290
詞書「反歌」
長歌(第三千二百八十九首)の反歌である。今の恋心がこれほど忘れられないのは、遠い神代の昔から逢う定めにあったからに違いないと詠む。長歌は、剣の池の蓮葉にたまる水のように行き場のない時に、逢うべくして逢った君を、母に寝るなと言われても、清隅の池の底のように深く心に秘めて忘れはしないと歌う女の歌である。反歌は二人の縁を神代にまで遡らせ、運命的な結びつきとして恋を肯定している。
作者は未詳である。巻第十三は作者名を記さない長歌とその反歌を中心に編まれた巻で、古い歌謡や儀礼の歌の面影を伝える歌が多い。
初句「いにしへの」は、遠い昔のの意で、神代の時を導く。
二句「神の時より」は、神々の時代からの意で、二人の縁を人の世を超えた時へと遡らせる。
三句「逢ひけらし」の「けらし」は過去の「けり」に推量の「らし」が付いた形で、「逢っていたらしい」と根拠をもって推し量る。ここで句切れとなる。
四句「今の心も」は、今の自分の心もの意で、神代の昔との対比で現在を示す。
結句「常忘らえず」は、いつも忘れることができないの意で、長歌の「我れは忘れじ」を受けて結ぶ。
わすらゆ:忘れることができる、自然に忘れられる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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天地の神を祈りて我が恋ふる 君いかならず逢はずあらめやも
- 次の歌
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うつせみの命を長くありこそと 留まれる我れは斎ひて待たむ