まそ鏡持てれど我れは験なし
君が徒歩よりなづみ行く見れば
- 歌の意味
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澄んだ鏡を持っていても、私には何のかいもない。あなたが徒歩で難儀しながら行くのを見ると。
- 鑑賞
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巻第十三 問答 3316
詞書「或本の反歌に曰く」
長歌(第三千三百十四首)に対して或る本が伝える反歌である。母の形見の鏡を持っていても、夫が徒歩で難儀して行くのを見ると何のかいもないと嘆く。長歌で、鏡と領巾を手放して馬を買ってくれと願ったことを受け、鏡を手元に置いても夫の苦労を救えない無念さを述べている。
作者は未詳である。巻第十三は作者名を記さない長歌とその反歌を中心に編まれた巻で、古い歌謡や儀礼の歌の面影を伝える歌が多い。
初句「まそ鏡」は、よく澄んだ鏡の意で、長歌の「まそみ鏡」を受け、母の形見の品を指す。
二句「持てれど我れは」は、持っているけれども私はの意で、「り」は存続、「ど」は逆接である。
三句「験なし」は、かいがない、効き目がないの意で、ここで句切れとなる。
四句「君が徒歩より」の「徒歩より」は、歩いての意で、「より」は手段を表す格助詞である。
結句「なづみ行く見れば」は、難儀しながら行くのを見るとの意で、倒置によって三句の嘆きの理由を後に示す。字余りの句である。
まそかがみ:よく澄んで曇りのない鏡
しるし:効き目、かい
かち:徒歩で行くこと
なづむ:行き悩む、難儀しながら進む
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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泉川渡り瀬深み我が背子が 旅行き衣ひづちなむかも
- 次の歌
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馬買はば妹徒歩ならむよしゑやし 石は踏むとも我はふたり行かむ