古典和歌stream

衣手葦毛の馬のいなく声
心あれかも常ゆ異に鳴く

歌の意味
葦毛の馬のいななく声は、心があるからなのだろうか、いつもとは違って鳴いている。
鑑賞
巻第十三 挽歌 3328

詞書「反歌」
 長歌(第三千三百二十七首)の反歌である。主人を失った葦毛の馬が、いつもと違って悲しげにいななくのは、馬にも心があるからだろうかと詠む。長歌は、三野王が西の厩、東の厩に立てて飼っていた馬について、草も取って与え水も汲んで飼っているというのに、なぜ葦毛の馬がいななくのかと問いかけるもので、三野王の死を悼む挽歌とされる。三野王は美努王のことで、橘諸兄の父にあたる皇族であり、和銅元年に没した。主人の死を馬の様子で間接的に描く手法が印象深い。
 作者は未詳である。巻第十三は作者名を記さない長歌とその反歌を中心に編まれた巻で、古い歌謡や儀礼の歌の面影を伝える歌が多い。

 初句「衣手」は「葦毛」にかかる枕詞とされるが、かかり方は未詳である。四音の字足らずの句となっている。
 二句「葦毛の馬の」の「葦毛」は、白い毛に黒や茶の毛がまじった馬の毛色で、長歌の「葦毛の馬」を受ける。
 三句「いなく声」は、いななく声の意で、主人を失った馬の悲しみを音で表す。
 四句「心あれかも」は、心があるからだろうかの意で、已然形「あれ」に疑問の「かも」が付き、理由を推量する。
 結句「常ゆ異に鳴く」の「ゆ」は比較の基準を示し、「異に」は格別にの意で、「いつもとは違って鳴く」と結ぶ。

あしげ:白い毛に黒や茶の毛がまじった馬の毛色
いなく:馬がいななく
出典
万葉集
前の歌
つのさはふ磐余の山に白栲に かかれる雲は大君にかも
次の歌
たはことか人の言ひつる玉の緒の 長くと君は言ひてしものを