母父も妻も子どもも高々に
来むと待つらむ人の悲しさ
- 歌の意味
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母も父も妻も子どもも、今か今かと帰りを待っているであろう、その人の悲しさよ。
- 鑑賞
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巻第十三 挽歌 3340
詞書「反歌」
或る本の長歌(第三千三百三十九首)の反歌である。その題詞には「備後国の神島の浜にて、調使首、屍を見て作る歌」とあり、浜辺に倒れた旅の死者を見て、その家族が今も帰りを待っているであろうと悲しむ。本巻の第三千三百三十七首とは「待ちけむ」と「待つらむ」の一語が違うのみで、本歌は家族が今もなお待ち続けている姿を思いやる点で、哀れさがより身近に迫る。
作者の調使首は、調使を氏とし首を姓とする人で、名は伝わらない。備後国の神島(現在の広島県福山市付近とされる)の浜で行き倒れた人の屍を見て歌を作ったことが知られるのみである。
初句「母父も」は、母も父もの意で、第三千三百三十七首と同じ初句で始まる。
二句「妻も子どもも」は、妻も子どももの意で、待つ家族を一人ずつ数え上げる。
三句「高々に」は、今か今かと背伸びをして待ちわびる様をいう。
四句「来むと待つらむ」の「らむ」は現在推量で、「帰るだろうと今も待っているであろう」と、遠く離れた家族の今の姿を思いやる。第三千三百三十七首では「待ちけむ」とある。
結句「人の悲しさ」は、その人の悲しさよの意で、体言止めにより、死者とその家族への哀れみを残して結ぶ。
おもちち:母と父
- 作者
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調使首
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あしひきの山道は行かむ風吹けば 波の塞ふる海道は行かじ
- 次の歌
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家人の待つらむものをつれもなき 荒礒を巻きて寝せる君かも