葦辺行く雁の翼を見るごとに
君が帯ばしし投矢し思ほゆ
- 歌の意味
-
葦辺を飛んで行く雁の翼を見るたびに、あなたが身につけておられた投げ矢が思い出される。
- 鑑賞
-
巻第十三 挽歌 3345
詞書「反歌」
長歌(第三千三百四十四首)の反歌である。葦辺を飛ぶ雁の翼を見るたびに、夫が身につけていた矢を思い出すと詠む。長歌は、今月は帰ると待っていた夫が亡くなったと使いが告げ、どこにいるのかと探しに行こうにも道がわからず泣くばかりだと歌う妻の挽歌である。左注には、或いはこの短歌は防人の妻の作であるといい、それならば長歌も同じ人の作と知るべきであるとある。雁の翼から矢羽根を連想させる視覚の転換が鮮やかである。
作者は未詳である。左注の伝える或る説によれば防人の妻の作で、遠く九州の守りに赴いた夫を失った女性の歌ということになる。
初句「葦辺行く」は、葦の生える水辺を飛んで行くの意で、雁の姿を描き出す。
二句「雁の翼を」は、雁の翼をの意で、矢に付ける羽根を思わせる。
三句「見るごとに」は、見るたびにの意で、繰り返し思い出す悲しみを示す。
四句「君が帯ばしし」の「帯ばす」は「帯ぶ」の尊敬語で、夫が身につけておられたの意である。「し」は過去の「き」の連体形である。
結句「投矢し思ほゆ」の「投矢」は手で投げる矢とも、ふつうの矢ともいわれる。「し」は強意、「思ほゆ」は自然に思われる意で、夫の遺した品への思いで結ぶ。
おばす:身につけておられる、「帯ぶ」の尊敬語
なげや:手で投げる矢、また矢のこと
おもほゆ:自然に思われる、思い出される
さきもり:九州の沿岸の守りに当たった兵士
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
浦波の来寄する浜につれもなく こやせる君が家道知らずも
- 次の歌
-
草枕この旅の日に妻離り 家道思ふに生けるすべなし