天の原富士の柴山この暗の
時ゆつりなば逢はずかもあらむ
- 歌の意味
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富士の柴山の木の下の暗がりのように、約束の時が移ってしまったら、もう逢えないのではないだろうか。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3355
詞書は前の歌に続き「相聞」
富士の麓の柴山の木陰の暗さに寄せて、逢う約束の時が過ぎてしまえばもう逢えないのではと案じる歌である。富士の雄大さと、逢瀬を待つ心の細やかな不安との対照が印象的である。
左注に「右五首駿河国歌」とあり、本歌から五首が駿河国(現在の静岡県中部)の歌とされる。うち三首が富士を詠み、富士山が東歌の重要な景物であったことがうかがわれる。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「天の原」は大空をいう語で、高い富士を導く枕詞的な用法である。
二句「富士の柴山」は富士の麓の雑木の茂る山をいう。駿河国歌の一首目に富士が現れ、第三千三百五十六首、第三千三百五十七首、第三千三百五十八首と富士を詠む歌が続く。
三句「この暗の」の「木の暗」は木が茂って暗いことで、「この暗」はそれと「この時」を掛けて次の句を導く。
四句「時ゆつりなば」の「ゆつる」は「うつる」の東国方言で、時が移る、過ぎる意である。「なば」は仮定条件を表す。
結句「逢はずかもあらむ」の「かも」は疑問、「む」は推量で、逢えないのではないかと案じて結ぶ。
しばやま:雑木の茂る山
ゆつる:「移る」の東国方言
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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伎倍人のまだら衾に綿さはだ 入りなましもの妹が小床に
- 次の歌
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富士の嶺のいや遠長き山道をも 妹がりとへばけによばず来ぬ