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富士の嶺のいや遠長き山道をも
妹がりとへばけによばず来ぬ

歌の意味
富士の嶺のはるかに遠く長い山道も、いとしい人のもとへと思えば、息もつかずにやって来た。
鑑賞
巻第十四 東歌 3356

詞書は前の歌に続き「相聞」
 富士の峰の長い山道も、恋人のもとへ行くと思えば苦にならず、一気に越えて来たという歌である。恋の力が道の遠さを忘れさせる心のはずみが、明るく力強くうたわれている。
 左注により駿河国の歌とされる。恋人に会うために遠い道を苦にしないという発想は、万葉集の相聞にしばしば見られるものである。
 作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。

 初句「富士の嶺の」は前歌の「富士の柴山」に続いて富士の峰をうたう。駿河国歌の中で富士は場所を変えながら繰り返し現れる。
 二句「いや遠長き」の「いや」はますます、いっそうの意で、道の遠さと長さを強調する。
 三句「山道をも」の「をも」は、そのような道でさえもと強める。遠い道を受けて下の句へ転じる。
 四句「妹がりとへば」の「がり」は人のもとへの意、「とへば」は「と言へば」のつづまった形である。恋人のもとへという目的が一首を動かす。
 結句「けによばず来ぬ」の「けによばず」は難解な語句で、息もつかずに、たやすくの意とする説がある。「来ぬ」の「ぬ」は完了で、すでに来てしまったという。

がり:人のいるところ、もと
出典
万葉集
前の歌
天の原富士の柴山この暗の 時ゆつりなば逢はずかもあらむ
次の歌
霞居る富士の山びに我が来なば いづち向きてか妹が嘆かむ